私は(殆ど)毎週の土曜日に、うちの大学で和英会話サークルがあって、1時間が英語で、1時間が日本語の会話して、そうするとカナダ人も日本人も互いにいい勉強になりあいます。そして、自己紹介する時、私は仕方がなくて自分の専攻が「言語学」と言い出します。それからは問題です。言語学に関する者はもう詳しいだろうが、詳しくない方が必ず「じゃ、何語を勉強していますか?」と訊ねてくれます。

相手が言語学と語学の違いが解っても、何故か解らないけど、絶対に一つ言語しか勉強していないと思ってしまう。これが常識の問題か、日本と北米州の大学の違う構造か、私には解りません。(知っている方が是非教えて下さい!)

で、結局、言語学は何ですか?簡単に言えば、言語を解析する道具です。若しくは言語の科学です。そうみると、「何語の勉強ですか」は既に無意味になる。それはまるで、「専攻が音楽」と言った者に「じゃ、どの曲の勉強ですか」みたいな質問。確かに、音楽は専門的区別があるでしょう。ジャンル専門とか、作曲家専門とか、民族音楽専門とか。でも、本当は和声とか、楽章の順番とかの基礎で、一曲の勉強しているわけでもないですね。同様に、言語学は一つ言語の勉強じゃなくて、どんな言語でもある体制・構造の勉強です。[1]

それに、ある言語の語学専攻で言語学っぽい規則が教わっても、裏の原因と理由が教われなくて、現実の現象だけでしょう。一方、例の原因・裏面を解決・理解するための研究は言語学です。

又、音楽みたいにクラシックとかな区別があって、「言語学」も結構広い分野だから、心理言語学、理論言語学、応用言語学、社会言語学などに区別しています。心理言語学はたぶん読み手が思っているとおり、心理学に関する言語学の研究です。それは、言語の認識とか、脳内で言語を処理するとか、脳外科を受けた患者がうまく喋れない原因とか。どの神経は言語能力に繋がっているとか、二言語ができることもがどのように成長するか。それぞれは心理言語学

応用言語学は語学の教室の担当とか、言語を教える仕掛けとか、子供と大人の学び方の違いとか。言語獲得、言語査定、言語教育も応用言語学です。最近も、コンピューターに関する言語学も含んできた。音声認識、機械翻訳、コーパス研究も応用言語学に成ってきたそうです。「応用」だから、機能的に価値があるんでしょう。

社会言語学は下の「語用論」に似ていて、ある言語がその社会にどんな影響を受けた研究です。それに、様々な変数で分けて、違う言語の特徴が出づるでしょう。男性用語と女性用語、年上用語と若者用語、金持ち用語と貧乏用語など、自分がどんな範疇で、どんな言葉を使う・変わるか、それも社会言語学。

歴史上は、理論言語学が六つの範疇に分けられていた。それは統語論意味論音声学音韻論形態学、そして語用論

意味論
たぶん、意味論は一番理解しやすいでしょう。単なる意味の研究でしょう。名前どおりですね。もっと深くに行くと、多義語の原因で曖昧ができるとか、文の中の否定の範囲の限りとかの勉強もします。例えば:

(1) 私は昨日学校で山村三郎を殺さなかった。

その動詞「殺す」は否定形の活用だが(即ち、文法的・統語論的に言えば、否定句が動詞だけを支配している)、以下のように、その否定は狭くから広い範囲の解釈が取れます。

(2a) でも、太郎を殺した。(即ち、(1)の否定は「三郎」だけを支配している)

(2b) それは、地下鉄で太郎を殺した。(即ち、(1)の否定は「三郎」も「学校で」も支配している)

(2c) 実は、先週地下鉄で太郎を殺した。(即ち、(1)の否定は時、所、目的語も支配している)

(2d) 真理子が先週地下鉄で太郎を殺したよ。(即ち、(1)の否定は全文を支配している)

で、(2a~d)のとおり、(1)の否定の範囲は決まったことじゃなくて、文脈によることです。それは相対的な簡単な例文だけど、意味論でもっと意味深いことを勉強できますよ。

音声学
それから、音声学も結構解りやすい。単なる発音のことです。発音するとき、舌が口の中にどんな形をしているかとか、聞き手がその音波を二次元にマップして母音の違いを見分けることとかも音声学です。日本語で[s]と[ʃ]は違う環境で現れるが同じ子音に思えるが、英語では[s]と[ʃ]は違う子音で、同じ母音の環境でも、両方も使える。そういうものも音声学。

音韻論
音韻論は音声学と関係があるけど、音声学より深くて、抽象的なものです。音声学は具体的な現実の勉強なら、音韻論はその音声学の原因の勉強です。例えば、日本語の連濁という現象。

(3) 「おり」+「かみ」→「おりがみ」

(4) 「おんな」+「て」→「おんなで」

だがしかし!

(5) 「きた」+「かぜ」→*「きたがぜ」→「きたかぜ」

ということは二つ言葉をぐっつける時に、絶対に濁点をつけるわけではない。それはなんででしょう。語学の場合に、「ただ、言葉ずつで覚えなければならない」か「聴きづらい」でしょう(でも、第二言語の学習者には、聴きやすい可能性もありますね)。でも、音韻論で、「ライマンの法則」ということを学べる。その法則によれば、ある言葉がもう濁点を付けられた文字を含んでいれば、その言葉のかしらにまた濁点をつけられない。だから「かぜ」が「がぜ」になれない。[2]

形態学
形態学も結構理解しやすいでしょう。言葉が意味的に分裂できるかぎり、その最小の意味が含んでいる音が「形態素」というんです。即ち、「できない」は二つ形態素を持っている。「でき」(可能性の意味する動詞)+「ない」(否定の活用)。歴史的によれば、もっと分裂できますかな。「で」+「き」+「ない」とか。多くの語彙は複形態でしょう。中国語の場合は一字が一つ形態素だから、中国人は「語」と「字」の違いがあまり見分けられない。「電話」とかは二つ形態素を持って、雷で語る機会って語源でしょう[3]。もっと深いこともあるけど、それは殆ど意味論と統語論の範囲に踏み込んでしまう。

統語論
いよいよ、私が一番好きな統語論です。これは簡単に言えば、文を樹形図に表すことかな。文の中でどんな言葉が隣の言葉ともっと近い感を表す。樹形図がなくても、括弧で表せます。例えば、「真理子と太郎のお母さん」は一人のことか二人のことを示しているかは統語論で簡単に表せます。

(6a) 〔真理子〕 と 〔太郎のお母さん〕 (二人のことを示す)

(6b) 〔〔真理子と太郎〕 のお母さん〕 (一人のことを示す)

最初はまるで書いたとおりの樹形図ができましたが、この50年間、諸論ができて、今は非常に複雑なことになっちゃった。たとえば、もともとは(7)のようだったけど、今は(8)のようです。

(7) [IP [NP 主語] [VP 動詞 [NP 目的語] ]

(8) [IP [NP 主語] [vP [NP 主語] v + 動詞 [VP 動詞 [NP 目的語] ] ] ]

八番を示しているのは、名詞句(“Noun Phrase” → “NP”)である主語がその補助動詞句(“light verb phrase” → “vP”)の範囲から出されて、もっと上(前)に移動された。この移動の必要は今度で説明しましょう。何で主語がそのvP から生成しないといけないかは絶対に母国語話者には不明瞭だろう。だけど、研究によれば、本当はそうじゃないと、論が不完全です(つまり、ないと、もっと問題が出てくる)。他のおもしろい投射もあるんだよ!日本語と中国語で使われる話題句とか。

語用論
最後に、語用論です。これは意味論と近くて、文字通りと違って、文脈で他の意味を取れること。例えば、「健は天才だよ!広美はまぁ…馬鹿じゃないでしょう」という文があったら、文字通りには、健さんにも、広美さんにも、悪口していないけど、そういう文脈で、広美が結構馬鹿に思われていますね。そういう文字通りに示してないのに自然に取れる意味は語用論です。
上記されたとおり、言語学は言語を解析する道具、若しくは言語の科学です。一方、語学は単なる言語の勉強で、様々な規則も教われるかも。勿論、語学と言語学も各言語の違いや構造を意識していまして、表裏一体なもんね。語学は表面で、言語学は裏面ですが、この裏面は広くて深いと僕が思います。

脚注
[1] 勿論、こっちは英語で教わっていますので、多くの例文も英語だけど、英語で現れない現象も多くて、他の言語の例文も出されます。例として、私が取った三年 生の音韻論の授業は毎週、他の言語の課題を出されていました。最初はイタリア語の方言。2週目は日本語と韓国語。そして、南コンゴ語(アフリカ)、アラビ ア語、アシェニンカ語(ペルー)、マナム語(パプアニューギニア)、アシニンカ・カンパ語、ニシガ語(西カナダ)、と北京語の課題も出されて、別々の言語 の特徴の音韻現象を解析し、
[2] 厳密に言えば、有声・無声の対立子音のことですが、日本語がうまく自分のことを文字で示していますので、そこまで細かく説明する必要はないでしょう。
[3] ところで、「電話」は漢語といえ、元々は日本で作り出した言葉です。中国語に入った前に、中国人が当て字的な「德律風」(デ・リ・フォン)を使かった。他の中国語で使っても元々は日本で創造した言葉はたくさんありますね。例えば、「文学」、「社会」、「教育」、「思想」、「自然」、「機会」、「計画」、「革命」、「方面」、「分析」、等。

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